【誕生日】先日53歳を迎えた底辺派遣社員が社畜人生を振り返る

仕事

5月末に53歳になった関西在住の底辺派遣労働です

後7年で還暦を迎える立派な高齢者予備軍です(笑)

良い機会なのでこれまでの社畜人生を振り返ってみたいと思います

会社員(社畜)として働くことに疑問を感じ始めた40代

大学を卒業以来、20年弱、44歳で会社をリストラされるまで自分なりに懸命に働いてきました

今思うと典型的な社畜(経営者、株主の奴隷)だったんですよね

会社をリストラされるまでは、努力すれば必ず報われるんだ!、頑張れば薔薇色の人生が開けるんだ、必死に働けば会社内に居場所は見つかるんだ、と本気で思っていました

努力真理教の信者だったわけですよ

今思うと典型的な世間知らずのアホな若造だったわけです(笑)

当時のことを振り返ると本当に恥ずかしい

私が会社員として働くことに疑問を感じるようになったきっかけはニートのphaさんの存在です

10年くらい前、東京都内の某企業で長時間労働をしている社畜だった私

週末にはストレス発散のために渋谷や原宿の街をぶらついたり、原宿にある渋谷区中央図書館で一日中読書をして時間を過ごしていました

そんな週末のある日、渋谷道玄坂の東急百貨店内の丸善書店をぶらついていたときにたまたま、phaさん著書の”ニートの歩き方”が目に止まったのです

なんとなく気になって迷うことなく購入したことを覚えています

 

脱社畜のバイブルだと思います(笑)↓

この本の内容は社畜だった私には十分すぎるほど衝撃的でした
会社員として真面目に働かずに生きていく方法もあるんだな、と目から鱗が落ちた思いでした
phaさんは3年間会社員を務めた後に退職し、全国のシェアハウスをバックパック一つで点々として、最終的に東京でシェアハウスを立ち上げます
僅かなブログ収入や原稿執筆のみで暮らし始めたphaさん
低収入だけど家賃や食費の安いシェアハウスで低支出でストレスない生き方をしていたphaさん
収入は安定していたけど労働ストレスで押し潰されそうだった社畜の私とは対極の生活ですが、羨ましい生き方だなぁ、と正直思いましたね
このニートの歩き方を読んで以来、phaさんの著書は殆ど購入して読みました
共感できる内容が多く、文章も読みやすいので一気にphaさんのファンになりましたねぇ
社畜で労働で消耗して生きづらさを感じている人にはphaさんの著書を読むことをお勧めします
また、phaさんの著書をきっかけに、ロスジェネ世代の貧困など社会問題にも関心を持ち始めました
完全自殺マニュアルで有名になった鶴見渉さん、台湾に移住して超低コスト生活を実践する大原偏理さん、ロスジェネ世代の貧困問題を追求している雨宮処凛さんなどの本を読み漁り始めましたねぇ
その中で特に気に入ったのが雨宮処凛さんの著書です

 

雨宮さん自身もロスジェネ世代で学校卒業後の就職に大変苦労された方
作家として生きれるようになるまで低賃金労働に喘ぎながらの苦しみ、葛藤を様々な著書のなかで訴えています
私自身、ロスジェネのど真ん中世代で就職には大変苦しんだので雨宮さんの著書の内容には大いに共感しました
phaさん、雨宮さんの本を読んでいるうちに、私は自分の社畜としての生き方は間違っていたのではないかと本気で思うようになりました

人生の成否は努力ではなく運と才能で決まる

私が東京の中堅私立大学を卒業したのは1995年です

就職氷河期の初期世代でした

私より一つ上、二つ上の先輩たちは何の苦労もせずに有名大手企業の内定をゲットしていました

ところが私の世代になって急に有名大手企業は新卒の採用を絞り始めたのです

限られた椅子を就職希望者の間で奪い合うことになるので就職が厳しくなるのは当然

私の世代からは有名一流大学出身でないと有名大手企業に入社することは難しくなりました

その結果、私は地方都市にある中小企業に入社することになった

就活はそれなりに頑張りましたが大手企業は私のような中堅私大卒は全く相手にしてくれませんでした

まあ、中小企業とはいえ正社員で就職できたのは不幸中の幸いだったのかもしれません

 

日本は雇用流動性が低いので新卒時の就職先は大変に重要です

変な企業に就職するとまともな就業経験が積めないので転職時にも大変不利になります

だから新卒時に良い就業経験が積める大手企業に入社するのは大変重要だと思います

ただ、新卒時に大手企業に入社する難易度は卒業時の景気に大きく左右されます

景気が良くて企業の業績が良い状況だと大手企業への就職はそれほど難しくないのです

実際、昭和の高度成長期には三流大学卒でも高卒でも一流企業への就職は簡単でした

最近ではアベノミクスの時期の就職は楽だったのです

しかし、バブル崩壊時、リーマンショック時、コロナ禍のような不景気時は大手企業への入社は大変厳しくなります

悲しいことに、卒業時の景気を選ぶこともコントロールすることもできないのです

私が就活及び人生がクソゲー、運ゲーと確信する理由がここにあります

 

私はこの後、転職を繰り返しますが、30代前半で大手企業に転職することができました

これは私の実力ではなく、その時期がたまたま、バブル崩壊後のリセッションから立ち直りつつあった時期だったから運よく業績の良い大手企業に転職出来ただけなのです

ただ、当時の私は世間知らずのアホだったので、自分の実力で大手企業に転職出来たんだ!と思っていた勘違い若造でした(笑)

若い時は自分が底辺労働者になるとは夢にも思わなかった

44歳で大手上場企業を希望退職(実質クビです)してから、社会の底辺で契約社員、派遣社員として生きてきました

20代の頃は自分が将来、社会の底辺で生きることになるとは夢にも思っていませんでした

私は大学卒業時に就職氷河期に巻き込まれて思うような就職は出来ませんでした

ただ、それでもなんとか中小企業の正社員として就職はできました

30代になれば普通に恋愛して、普通に結婚して、普通に住宅を購入して定年まで生きていけるだろうと漠然と思っていました

私が20代後半の頃は日本経済が傾き始めた時です

それでも今のように非正規雇用が溢れている時代ではなかったし、米国に次ぐ経済大国である実感はまだありました

ただ、30代になって上場企業のサラリーマンになって数年経った頃、定年までこの会社にいるのはおそらく無理だろうな、とは思い始めていました

周りは優秀な人材ばかりで自分の能力にも限界を感じ始めていたのです

大企業で優秀な人材の中で働くことで、自分は大した能力のある人間では無いんだな、と気がつくことが出来ました

どこかのタイミングで子会社に飛ばされたり、仕事で大失敗して退職せざるを得ない状況に追い込まれるんじゃないか?と感じ始めていました

ただ、流石に44歳でリストラされるとは予想しなかった

50歳くらいまでは働けるんじゃないか?と甘い考えを持っていたんですよね

人生一瞬先は闇であることを実感しましたね

44歳でリストラされた後、懸命に転職活動をしましたが、私のスキル不足、管理職経験のないキャリア、年齢の壁により、正社員雇用してくれる会社を見つけることはできませんでした

それ以降は契約社員、派遣社員として様々な会社を点々として今に至っています

上場企業の正社員から転がり落ちるように底辺派遣社員に転落したのです

現在も転落したままです

年齢的にもスキル的にも、会社員としての人生を好転させることはもう無理だと思います

底辺派遣社員として働き続けることも惨めになってきたので、そろそろ今の派遣先を辞めようかなと本気で思い始めています

ただ、辞めた後の具体的な人生設計がある訳じゃない

派遣社員を8年以上継続している中高年を正社員として雇用する会社があるとも思えない

かといって、phaさんみたいにプロブロガーや物書きとしてフリーランスになる才能があるわけではない

今の状態で派遣社員を辞めたら、貯蓄を切り崩しながら節約生活をして、カネがなくなったら短期のアルバイトのような事でカネを稼ぐような生活になるでしょう

惨めな生活かもしれませんが、派遣社員としてストレスを溜めながら勤務するよりはマシな生活かもしれないなぁと思ってます

まとめ 〜人生はクソゲー、運ゲーです〜

先日53歳になって社畜人生を振り返ってみました

大学卒業して30年弱ですが、あっという間でしたね

還暦までの7年もあっという間でしょう

そしてあっという間にあの世からお迎えが来るだろうと思ってます(笑)

社畜人生を振り返ってみると、うまくいった時期も全然ダメだった時期もありました

44歳でリストラされて現在までの底辺派遣社員の人生はもちろんダメな人生です

ただ、若い時は社畜として楽しい時期もありました

最初に就職した企業は最初の3年間は人間関係に恵まれて結構楽しかった

また、30代で転職した上場企業でも人間関係に恵まれて楽しい時期も数年間ありました

ただ、そういう恵まれた時期は別に努力して勝ち取った訳じゃ無い

たまたま運が良かっただけのことです

人生というのは、頑張っても全くダメな時期もあるし、頑張らなくても状況が好転していくこともよくあることです

私はサラリーマンとして人生を好転させるのはもう諦めているので、必死に働かないで幸せに生きていく方法を模索し始めているところです

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